ようこそフィラデルフィア補習校へ

ようこそ、フィラデルフィア日本語補習授業校へ。

本校は、開校三十余年、ベンシルベニア州及び連邦政府の認可を受けた、文部科学省認定の補習授業校です。1962096_865623150134805_7043438095157984206_o

ここ、ペンシルベニア州フィラデルフィアは、首都ワシントン、ニューヨークから、約100マイル(160Km)のところに位置する都市です。アメリカの独立を語る舞台の歴史ある街で、500万人弱の人口をもつ、全米第五の都市です。建国に至るまでの米国の中心地であり、独立宣言のインディベデントハウス、自由の鐘など歴史の香りがする古都です。
高等教育・研究活動の中心地でもあり、世界有数の学術施設、研究所が多くあります。学位取得大学が80余り所在する中、医学部を持つ大学が6大学あり、大学病院などの教育研究病院は24院、さらに企業・民間研究施設が数多くあります。また、バイオ製薬産業の国際地点でもあり、日本の製薬企業も相当数進出しています。

日本との関係も古く、鎖国に終止符を打ったペリー提督を乗せたフリゲート鑑ミシシッピー号はフィラデルフィアで作られました。西洋文化を学ぶため日本政府から派遣された岩倉具視の欧米視察団も当地を立ち寄っています。ペンシルベニア大学卒業生の東海散士(とうかい・さんし)は小説の冒頭に、独立記念館と自由の鐘を描写しています。合衆国独立宣言百周年博覧会(1876)で、日本の美術と物資文化が紹介され親日家を増やしました。現在でもフィラデルフィア美術館では日本美術の収集姿勢が見られ、フェアモント公園には博覧会で展示された「松風荘」が今なお、美しく姿をとどめています。

新渡戸稲造氏はここフィラデルフィアでクェーカー教徒の妻と結婚し日本の国際化に貢献し、ハーバーフォード大学とも深いつながりを持ちました。三菱財閥3代目閥長、岩崎久弥氏もペンシルベニア大学で勉学に勤しんでいます。岩倉視察団に加わった女学生、津田梅子はブリン・モア大学で生物学位を取得し、津田塾女子大学の前進、女子英学塾を開校しました。また、細菌学で著名な野口英世は、ペンシルベニア大学医学部で研究生活の第一歩を始めています。

在外教育施設には大きく、全日制の日本人学校と補習授業校があります。

日本人学校は月曜日から金曜日、日本の学習指導要領に則して日本語で日本の教科書を使って授業を行います。児童生徒は企業派遣等の駐在の子弟がほとんどです。教員も大多数が政府派遣教員で、若干名現地採用教員が加わっています。換言すれば、日本の公立学校をそのまま在外に移転したとも言えるかも知れません。

1617436_847539885276465_95010815714470228_o補習授業校とは、月曜日から金曜日までは現地校やインターナショナルスクールに通い、土曜日もしくは日曜日だけ授業を行う学校です。授業は、週一回の授業ですから、国語と算数が中心となります。児童生徒も駐在員、長期滞在者子弟だけでなく国際結婚の子弟、現地の子どもも籍を置きますので、日本語の習得レベルは幅があります。また、日本人学校とは違い、幼稚部・高等部・国際部(バイリンガル)を設置している学校が多くあります。教員は全員が、現地採用教員です。義務教育籍の児童生徒数が100名を越えると管理職の政府派遣があります。子ども達は、現地校の教育と補習授業校の教育の二本立てて、厳しい現状にありますが、将来は、国際人として夢を大きく抱いている子ども達ばかりです。

開校当時は私塾的経営で、その後、日本人会の所属機関として確立されてきました。十数年前、州の非営利団体として認可され学校として認められました。

現在幼稚部、小学部、中学部、高等部、日本語コース、日本語アダルトコースと6つのコースがあり、学校全体では三歳児から成人までが在籍する学校となっています。

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